出前講座「関東地方整備局」開催報告

関東支部
支部長 東畑 郁生

 この出前講座7月12日に、国交省の関東地方整備局で勤務する若手の方々の研修の一環という趣旨で開催した。場所はさいたま合同庁舎2号館5階会議室、参加者は95人、講師と演題は、前半が支部長東畑郁生の「時代の変化について」、後半は東野圭悟氏(中央開発)による「土木技術者として必要な地盤に関する知識」であった。前半では初めに、公務員という職業を単に「重要ですよ」と述べ立ててみても良い講演にはならないので、参加者の方々のこれからの人生で、必ず東南海や南海地震が起こること、そのときに土木技術者として、さらにはパブリックセクターとして、被災自治体や被災者自身から迅速な非常時対応を求められるに違いないことを指摘した。幸い参加者の方々は行政の仕組みと建設事業の実際の両方を毎日体験できる立場にある。経験と知識を積み重ねることによって、将来必ず遭遇するカタストロフィーへの対応力を形成していただきたい、必ずその日が来ますよ、と話した。
 次に、世の中では二律背反で苦しむことが少なくない、その時どうすればよいのか、もちろん技術者倫理に従って決断するべきだが、この技術者倫理というものがきれいごとだらけで困った時の役に立たない、という話題に移った。事例として1963年に北イタリアで発生したヴァイオントVajontダム(アーチダム)建設の事故を挙げた。この工事は戦後のイタリアの復興に必要な電力を供給するプロジェクトで、国民的期待を集めていた。主任技術者はダム建設の権威で、この事業を最後に引退するつもりであった。長年の経験に基づくカンで、彼はこのダムサイトの斜面が危ないと気が付いた。実際、建設中に小規模な斜面崩落が相次ぎ、彼の不安は膨らむ一方であった。最終的には湛水時に斜面が2.4億立方米の大崩落を起こし、誘起された津波がダムを越波して下流の集落を破壊、犠牲者2125人を出したのだが、当時の地盤調査技術では、深さ200メートル以下にあるすべり面の強度を評価することはできなかった。しっかりした根拠もないのにカンでモノを言うな、任せられた仕事はしっかりやり遂げろ、というのが技術者倫理の要求である。工事の道を進むも地獄、退くも地獄で、苦しんだ主任技術者は脳内出血で工事完成を見ることなく世を去った。プロジェクトは後任の手で進められ、破局に至った。
 彼はどうすればよかったのか?私がたどり着いた解答は、「社長にすべて打ち明けて後を任せ、自分は辞職する」という無責任なものである。卑怯でもあるが、一つだけ良いことを含んでおり、それは悩みを自分一人で抱え込まず、人に相談することである。当日の参加者の人生でも二律背反で苦しむことが必ずあり、その時役に立つ知恵であろうと思っている。他に地盤材料の劣化とインフラの崩壊についても話したが、ここでは触れるスペースが無い。
 東野氏の話は自身の体験に基づく苦労談、失敗談で、内容をここで公にすることはできない。要は、地盤の調査を軽視して不均質かつ不可視の地盤に足元をすくわれる事例が少なくないことで(地質リスク)、たとえば柱状改良体を法面下に施工したところ、固化が不十分な化学的環境があり、強度不足の柱状体が折れて斜面がすべった、という例が紹介された。地盤の専門家に向かって「あんたらプロなんだから調査しなくても危険は察知できろよ」という発言がときどきあるが、胃の手術のプロを自任する医師が「あなたの顔色を見ただけで胃に問題があることがわかる、すぐ手術しましょう、検査費用を払わなくて済みますよ」と言ったら、あなたは応じますか、きちんと検査して手術を計画する医師に胃を切ってもらいたいでしょう、ということである。犯罪捜査もプロならきちんと証拠を集めて立件する、思い込みで逮捕して後は拷問で自白させるなど通用しない。地盤調査も同じで、超重要である。

 写真-1 東畑支部長の講義  写真-2 講義風景  写真-3 東野氏の講義