山梨県グループ10周年記念講演会の開催報告
「ニューパラダイム:不飽和土質力学」
「南九州しらす地帯での土砂災害について-地盤工学的視点から-」

地盤工学会関東支部 山梨県グループ
後藤聡・荒木功平(山梨大学)

1.はじめに
 山梨県グループでは,国立大学法人鹿児島大学の北村良介名誉教授をお招きし,下記の2講演会を開催いたしました。
①講演タイトル:「ニューパラダイム:不飽和土質力学」
 開催日時:平成25年10月10日(木) 15:30~17:30 ,参加人数:34名
 主催:公益社団法人地盤工学会関東支部山梨県グループ
②講演タイトル:「南九州しらす地帯での土砂災害について-地盤工学的視点から-」
 開催日時:平成25年10月11日(金) 13:00~14:40 ,参加人数:30名
 主催:国立大学法人山梨大学工学部土木環境工学科附属地域防災・マネジメント研究センター
 共催:公益社団法人地盤工学会関東支部山梨県グループ
2.講演概要と実施状況:「ニューパラダイム:不飽和土質力学」
 従来の土質力学で用いられている有効応力やモール・クーロンの破壊規準を捨象し,粒子間力度と称する新たな物理量を用いた「土に固有な力学」,すなわち,「不飽和・飽和状態の土の力学特性(保水・透気・透水・変形・強度特性等)を有機的かつ統一的に解析する手法」について講演していただきました。従来の土質力学が基礎としている連続体力学とは異なり,土粒子レベルでの土の基本的な物理特性からスタートし,確率論や推測統計学を援用し,粒径加積曲線,間隙比などの土の基本的な物理量を用いて土の巨視的な力学挙動を解析する新たな世界観を提供する講演となりました。巨視的な物理量を物質内部の微視的な構造等から導く物性論的手法は物理学の分野では一つの学問領域となっていますが,土質力学にこの手法を導入する研究は世界的にみても極めて独創的かつ画期的な試みと考えられます。
 ご講演の後,残りの時間はご参加いただいた方々とディスカッションの時間を設けました。太田秀樹先生(中央大学)から「小宇宙や民主主義を感じました」と評されるなど,〝体系化された土に固有な力学"が感銘を与えることができるとわかった講演会となりました。多くの質疑がありましたが,特に参加者の方々に印象に残ったのは,石原研而先生(中央大学)と北村先生のやり取りではないでしょうか。石原先生の質問に対して,北村先生がホワイトボードを使用して解説されましたが,講演会には珍しいことと思います。また,著名な先生方のやり取りから,実務者の方の中には,学生時代を思い出された方もいらっしゃったのではないでしょうか。
 昨今,性急に成果を求める実用的な研究が重んじられ,土に関する基礎的で地道な研究が軽んじられる傾向にある中,このような基礎的な研究にスポットをあてた講演会(講義?)が開催される機会は非常に少なくなっているように感じられます。
 このような講演会を開催することができたことをうれしく思うとともに,ご協力いただいた皆様に深く感謝を申し上げます。

        

    

                           写真-1 講演,質疑,応答の様子

3.講演概要と実施状況:「南九州しらす地帯での土砂災害について -地盤工学的視点から-」
 本年6月22日に世界文化遺産に関連する文化財群とともに登録された富士山は1707年の宝永噴火以降,300年以上静穏な状態ですが,平成12年に山体地下深部で群発低周波地震が観測されたことを契機に,平成16年6月,富士山火山ハザードマップが公表されました。富士山噴火を見据えた地盤防災への関心は山梨県において高いものがあります。
 本講演会では,新燃岳や桜島といった火山を有する南九州しらす地帯での過去20年余りの主な土砂災害について北村名誉教授にご講演いただきました。土砂災害の写真をふんだんに用いてご紹介いただき,防災・減災に日々尽力・邁進されてきた北村名誉教授の講演会だからこそ豊富な写真,体験談を拝見・拝聴することができたものと感じました。
 講演会の時間100分のうち,土砂災害の解説に多くの時間を割いていただきました。5分間講演時間を延長し,地盤のモニタリング・ウォーニングシステムの運用に関わる質問を一つ聴講者からお受けしましたが,聴講者の方々には質疑・応答の時間が足りなく感じられたことと推察します。講演時間の確保について反省点が残った次第です。
 本講演会を聴講し,印象に残ったことは,崩壊後の復旧対応には,多くの事業費が投入されるのに対し,崩壊前においては,危険性を指摘し対策を要求しても,事業費の確保が難しい現状にあることでした。対策するためには崩壊を待たなくてはならないといったジレンマにある現状を感じました。斜面の危険性を科学的根拠を持って訴えるために,解析の信頼度を向上し,それこそピンポイントで崩壊時期,崩壊場所,崩壊規模を予知するシステムの確立がなされなければ,地盤工学の存在意義が危ぶまれると思いました。しかしながら,特に崩壊時期を特定するには,降雨に伴い,飽和度が変化し,土の状態が変化していく過程,すなわち,不飽和地盤の挙動の評価が必要となります。
 昨今,不飽和地盤に関する研究やモニタリング機器の進歩には目を見張るものがあります。北村名誉教授の提案システムに代表されるような,現地計測情報を活用した地盤の新たなモニタリング・ウォーニングシステムを広域に多角的に運用できるようにするための研究・開発を進めていくことに将来性を感じた講演会となりました。
 なお,国立大学法人山梨大学工学部土木環境工学科附属地域防災マネジメントセンター主催で,公益社団法人地盤工学会関東支部山梨県グループが共催となっております。 
 この講演会を開催するにあたり,ご協力いただいた皆様に深く感謝を申し上げます。