1.はじめに
2012年6月16(土)に滝野川第六小学校(東京都北区)にて谷和夫氏(横浜国立大学)が出前授業を行った。毎年1回行われるセーフティ教室の一環で,テーマは「地震から身を守るために」である。低学年と高学年に分けて各45分間の授業で,1学年が約10名という小規模校なので児童は約30名と少ないが,後方に多数の保護者と地域住民も参加していた。地盤工学会からは、谷和夫氏、関東支部企画総務グループ高橋章浩副幹事長(東京工業大学)、そして私の3名が参加した。
東京都北区の小学校を対象とした出前授業は、今回で2回目である。昨年度は本部の広報委員会の主催で、私の娘が通う王子小学校にて谷先生に同様の地震防災に関する授業をしていただいた。そのときの授業は、参加した戸塚弘事務局長(当時)以下、広報委員会の田中耕一委員長(鹿島建設)や土倉泰委員(前橋工科大学)を「えっ!谷先生にこんな隠れた才能が!!」と驚愕させる素晴らしいものであった(地盤工学会誌,Vol.59, No.9,p.50参照)。この授業の様子が北区の小学校校長会議で話題となり、「是非うちの小学校でも」という要望が学会の関東支部に寄せられた次第である。
2.授業の様子
谷先生はパワーアップしていた。王子小学校でのデビュー以降、秘かに鍛錬したのではあるまいか。お世辞抜きに小学校の教諭として充分に通用するレベルである(ちなみに、谷先生は横国大でベストティーチャー賞を受けている)。
小学生相手の授業は大変難しい。なぜなら、子供達は、地盤工学はおろか理科的な知識自体が乏しい上に、分からないもの・つまらないものに対しては容赦のない態度をとる,つまり話を聞かずに騒ぎ出すからである。
谷先生は、よく響く大きな声で緩急をつけ、はっきりした発音で語る。大きな身振り手振りを交え、児童の傍にぐっと寄っていく(写真-1,2)。そして、絶妙なタイミングで児童に話を振る(写真-3)。児童は、「次はボクのところに来るかも」「ワタシ当てられちゃうかも」とドキドキしながら一生懸命に谷先生の姿を追う。講義の最後になると、児童の集中力が切れるかなというタイミングで、谷先生はエッキーを取り出す。「う~ん、失敗するかも・・・」と不安を煽りつつエッキーを揺する。そして,色とりどりの画鋲がボコっと砂から飛び出すと,児童は喜び歓声をあげる。進行が上手い。児童の心を実にうまく掴んでいる。
3.彼のこと
このエピソードは、是非伝えたいと思う。
高学年の授業の折、谷先生の「何か質問はありますか?」という問いかけに、一人の少年が手を挙げ、「道にいるときに地震にあったらどうすれはよいですか?」と質問をした。引っ込み思案な子が勇気を振り絞って質問したという体で、谷先生が答えている間、恥かしそうに背中を丸めて下を向きつつ「うん、うん」と頷く身体は、心なしか震えていた。授業が終わり校長室に引き上げるなり、校長先生が涙目で口火を切った。「もう今日はこれだけで充分。感無量です。来ていただいて本当に良かった」と。話を聞くと、件(くだん)の少年は自閉症気味で授業に集中するのが難しく、また、手を挙げて自分から発言することなど、これまで一度もなかったそうである。「その彼が、たくさんの児童と保護者の居る場面で手を挙げて質問するなんて、こんなに嬉しいことはない」と。
学校では教えてもらえない「地震、地震災害」に対する不安、そして谷先生の「伝えたい」という熱意が彼に勇気を与えたのだろうか。胸が熱くなった。
4.次のステップに向けて
東日本大震災の後、一般の人々の地盤災害への関心は格段に高まった。子供を持つ親は「地震災害から子供を守りたい」という強い意志を持っている。学校の先生も然(しか)り。しかしながら、彼らは、どのリソースからどのような情報や知識を手に入れて行動したら良いかが分からない。専門家との接点はなく、自分達から行動を起こす術(すべ)がない。
我々専門家の方から動かねばならないのである。我々から積極的にアピールする気概と勇気が必要である。今回の発端となった王子小学校の地震防災授業も、娘の担任に「地震防災の授業をやりましょう。私がなんとかします。」と訴えた私の押し売りから始まった(無謀な計画に手を差し伸べてくれた地盤工学会には本当に感謝している)。
一般の人々に分かりやすく地盤災害を説明して理解してもらうこと、それは我々のプレゼン能力の向上にもプラスになる。もとより、地盤工学は人々の生命の安全に直接的に係る分野である。言い換えれば、我々が努力することで、人の命を守り救えるのである。一人でも多くの人の命を地盤災害から守るため、より多くの会員が教育・広報活動に参加し、その輪を拡げてくれることを切に願う。 |