防衛大学校建設環境工学科 正垣孝晴
開催日時:平成26年11月7日(金)10:25~12:10
タイトル:土地のつくりと変化~地盤災害のしくみと対応
参加者:八王子市立中野北小学校6年生と教員 約20名
1.はじめに
地盤工学会関東支部主催の「科学体験教室」(平成26年8月2日)に参加された八王子市立中野北小学校の日浦雅 副校長先生からお誘いを受け,16名の6年生を対象に出前授業を行った。理科の授業で進行中の「土地のつくりと変化」の単元の中で,最近の地震や土石流に関する地盤災害の内容を含め,授業スタイルは,体験型模型実験とパワーポイントを中心に据えた。米海軍横須賀基地の米国人小学生1)と高校生2)やそれらの先生,「科学体験教室」の小学生とその保護者を対象にした“地盤災害のしくみと対応”の説明は経験済であるが,小学生(6年生)を対象にした“授業”は初めてのことであり,とても新鮮で貴重な経験をさせて頂いた。
2.授業の内容
出前授業の内容は担任の松山彩花先生と何度か調整をさせて頂いた。使用している教科書を事前にお送り頂き,“教科書に無い最近の話題を”との要望も踏まえて,“講演”でなく小学6年生に対する“授業”であることを意識して,以下の内容に落ち着いた。
1)地形・地層と人間の係わり;地形・地層・地質とそこで生活する人間との係わりを写真で説明
・地形(グランドキャニオン,ブライスキャニオン,マッターホルン,桂林,カッパドキア)
・地層(玄武洞,立石寺,庄内地方や南関東の海岸部の地質や地層,赤山地下壕,etc.),地盤の隆起と沈降(プレートテクトニクス),断層
2)土と石の分類と性質
・土と石の分類(石・レキ・砂・シルト・粘土・コロイド);図で分かり易く説明
・土と石(岩)の地質的サイクル;図で分かり易く説明
・顕微鏡で見た土の世界(ピサ粘土,火山灰,植物プランクトン(珪藻)の土,海の粘土,砂,etc.);1万倍位までの顕微鏡写真
・土のふしぎ(泥団子からスペースシャトルの壁(セラミック)まで);実物で説明
3)地盤に関する災害のしくみと対応
①工事,雨,地震による斜面の崩壊
・建物が傾くしくみ(ピサの斜塔の例;写真とパネルで説明)
・斜面が壊れるしくみ(模型で説明)と実態(新潟1,2,横須賀,etc.)
・壊れやすい斜面(流れ盤と受け盤;模型で説明)
・土石流のしくみ(実演)と実態(写真で説明;2014年広島豪雨災害)
②雨で堤防が壊れるしくみ;図で分かり易く説明
・オランダの例(ハンス少年)
③地震による砂地盤の液状化(と粘土地盤の遅れ沈下)
・新潟地震(1964年)の液状化のビデオ
・液状化のしくみ(4つの模型で説明)
・液状化の被害(第3海堡,2007年中越沖地震,2011年東北地方太平洋沖地震,etc.)
;写真で説明
以上の内容は,小学6年生を対象にした90分の授業では,あまりに過大で,どのように工夫しても消化できないボリュームであることを当初から認識していた。時間が不足する場合の削除の優先順をお願いしたが,松山先生は“総てに興味があり優先順が付けられない”との返事であった。「地形・地層と人間の係わり」以外の内容は,文献3)に添っている。これらの中で「雨で堤防が崩れるしくみ」,「新潟地震の液状化のビデオ」と「液状化の被害」は,10分の延長時間を加えても,やはり紹介できなかった。
「地形・地質と人間の係わり」に清聴する6年生 液状化による建物の沈下実験に見入る6年生
3.授業中の6年生と先生の様子
6年生の子供達は「液状化」の言葉を知っていた。興味津々で試みた“箸による砂粒釣り”に対しては,砂粒が釣れないことを確認するやいなや,容器に入れた砂に振動を与え,砂の密度を上げる子供や“液状化”の実演を身を乗り出して凝視する真剣な眼差しがあった。地中からマンホールが突如浮き上がる模型実験を見て,その理由を考える子供の態様,“受け盤より流れ盤の斜面が崩れ易い”説明をほとんどの6年生が理解したし,“土石流で流速が最大になるところは?”の質問に正解する感覚的な鋭さに驚く一幕もあった。
松山先生は,授業のKeyとなる内容をしきりにメモされていたし、キリスト教布教のためのカッパドキアの地下都市を,“我が国の江戸幕府の踏み絵と関係付けて子供たちにフォローする”との日浦先生の話も忘れられない。
4.後日届いた文集
子供達から思いがけない文集をお送り頂いた。出前授業に対する赤裸々な感想文で,まさに出前授業を評価する成績表であった。姿勢を正して読ませて頂いた。小学生の瑞々しい感覚と思いが迸る躍動感が随所に見られ,構成力や文章力にも驚いた。この文集は宝物として大切にさせて頂く。その文集の要約では子供たちの感性も伝わらないので,紙幅の許す範囲で,そのまま忠実に紹介させて頂く。
(S・Kさん)11月7日に中野北小学校に来て下さってありがとうございました。日本や外国に,色々な地層があることがわかりました。家に帰って,お父さんやお母さんに「こんな地層があるんだよ!!」とたくさん話しました。もし山道で地震があった時,どちらに逃げたらいいか分かりました。あと,層の中には,れきや砂・ドロがあることがわかりました。色んなことが知れてよかったです。また,中野北小学校に来てください。そして,またたくさん教えてください。
(K・Mさん)この間は来てくださってありがとうございました。地層を切りひらいたところの道で,どちらがわににげればいいかが分かりました。土砂くずれなどの時に大きな石が先頭にくることが分かりました。最初はどうして,大きな石が先頭なのだろうと思いました。でも先生が教えてくれたので,良く分かりました。地震が来た時に,しめっているところだと水が出てきて,かわいているところだと,たてものが少ししずんで,しっかりとしたところだと大丈夫だということが分かりました。わりばしで,砂の入った容器をつれるかという実験もやっておもしろかったです。本当にありがとうございました。
(K・Yさん)こないだは,とてもおもしろい実験をしたりしてとても楽しかったです。ななめの地層とかのできかたを教えてくれてありがとうございます。どしゃくずれの時どちらににげればいいかがしれて,よかったです。砂をもち上げる実験がとてもおもしろかったです。地しんの実験もとてもすごかったです。地層の写真とかみられてとてもおもしろかったです。とても楽しかったです。
(T・Aさん)11月7日は,6年1組にきてくださってありがとうございました。地層実験などおしえてくださりとても楽しい授業でした。私は,先生からおしえてもらった地しんが来た時にどっちににげるかを大人になったらおもいだしたいなと思いました。本当に楽しい授業でした。まだ色々なことを聞きたかったけれど,とても楽しい授業をうけられたのでとても楽しかったです。ありがとうございました。
(K・Sさん)11月7日金曜日に理科をおしえてくれてありがとうございました。私は一番じしんの実験がおもしろかったです。いろんな土の上にたてものをおいてコンコンとやったら,しずんだりかたむいたりしたので地層によって違うんだなと思いました。すなとわりばしで,わりばしを上にあげても、ようきとすなが上にあがってくるやつもおもしろかったです。私は全然できなかったけど練習したらできました。また北小に来てください。
(T・Kさん)11月7日は6年1組に地層の事など教えてくれてありがとうございました。私は色々な向きをしている地層があると知って,びっくりしました。実験では,砂からわりばしが取れなくて,自分がやった時はどうなっているのか全然分かりませんでした。それで,なんでそうなったか教えてもらったら,それで出来るんだと思いました。でも,その後やったらなぜか出来なかったのでえ?と思ったりもしました。3つのカップに入った土をたたくと車が動いたり,どの土ががんじょうなのかなどもよく分かりました。地層の曲がった写真などすごかったです。色々なことが分かって良かったです。ありがとうございました。
(S・Mさん)金曜日は地層やえきじょう化のことを教えてくれてありがとうございました。ぼくが一番楽しかったのは,砂とわりばしの実験です。あとビルの実験もたのしかったです。地層が斜めになっていることや石の種類もおもしろかったです。とても勉強になりました。本当にありがとうございました。
5.おわりに
出前授業を終えて教室を出掛けた時,松山先生から小学校建設時のボーリングのコア試料の解説を求められた。土丹層の存在や礫の形状から,堆積の時代やその環境,N値の意味,採用されたであろう基礎形式,地盤の圧密や支持力特性に関する所感を述べさせて頂いた。良好な支持地盤であることを認識された二人の先生の,子供達の安全を守る教育者としての安心感に満ちた笑顔に見送られて校庭を後にした。
地震や降雨災害等の被災地に入ると,自身や人間の無力さに苛まれる。そして,少しの地盤工学的知識とそれに基づく行動があれば安否を分けたり,救命に繋がったであろう事例に接することがある。子供達を含む一般の方に地盤災害に対する啓発教育の必要性の思いを強くしている。この度の出前授業がそのような“啓発教育に繋がっているのか?”と自問している。一方で,今回の授業が,将来これらの子供達から技術者や自然科学者が誕生するきっかけになれば,自身にとって夢の出来事であるとも考えている。授業中の子供達の意欲や態度,文集は,この期待を彷彿させるものであった。
本稿の写真は,日浦先生と松山先生が撮影されたものである。また,出前授業の様子は同校のホームページ4)にも大きく掲載されている。出前授業の機会を与えて頂いた中野北小学校とご支援を頂いた地盤工学会の関係各位に深甚の謝意を表する。
参考文献
1)藤井幸泰:横須賀海軍施設内イベント「アースデー環境フェア」への出展報告,地盤工学会関東支部,ニューズレター, No.25, 2013.
2)藤井幸泰:横須賀海軍施設内イベント「アースデー環境フェア」への出展報告,地盤工学会関東支部,ニューズレター, No.29, 2014.
3)正垣孝晴:技術者に必要な地盤災害と対策の知識,鹿島出版会,148p,2013.
4)http://hachioji-school.ed.jp/swas/index.php?id=nkkte&frame=weblog&type=1&column_id=235032&category_id=734(“中野北小学校”と検索すれば、このアドレスが出る)
箸による砂粒釣りを試みる6年生 出前授業後に届いた文集